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2005年 日本テレビ第28回24時間テレビ車椅子トライアスロンに挑戦し完走しました
大貫学人(おおぬき まなと)です。
皆さんからいただいた支えがあって、51.5キロと言う 道程を完走することが出来ました。
全国の心から応援してくださった皆様 心からありがとうございました。
応援の力があったからこそ、完走をすることが出来ました。
<トライアスロン完走>
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<プロフィール>
大貫 学人 manato oonuki
生年月日 1969年6月1日
出身地 栃木県宇都宮市
現在は各所で講演を行っています。
<講演のご依頼・お問い合わせ先>
メール
manatode@yahoo.co.jp
略歴
宇都宮市内の学校を卒業後、市内の内科病院へ医療事務として勤務。
病院の医療事務をしながら、法政大学経済学部経済学科通信教育課程入学。
1996年11月3日 病院の当直明け午前9時、バイクでの帰宅途中に赤信号無視の
車にはねられる。
左前腕骨折、上腕開放骨折、しゃっこつ神経麻痺、左肋骨3本が肺に突き刺さり
呼吸の出来ない状態に。
そして、致命傷の第8胸椎を骨折。腹部の胃から下の 機能を全廃してしまう。
つまり、まったく感覚はなく、自分の意思で動かすことも出来ない体に。
立ち上がることも、歩くことも出来ない1種1級の身体障害者に。
1年半の入院生活、数多くの出会いにより、本来の自分を取り戻すことが出来た
とともに、車椅子での日常生活を手に入れた。
現在 講演 研修等 関係企業
(株)パナホーム北関東
(株)パナホーム埼玉支社
栃木職業能力開発促進センターポリテクセンター栃木
MGL学園 群馬県高崎、太田、動物専門学校
他 各地の小・中・高・専門学校 大学 企業などで講演を行っている。
大好きな言葉 心
私が挑戦した車椅子トライアスロンを応援してくださった皆様、
心からありがとうございました。
中継には映っていなかったのですが、ゴールから僅か1キロ手間で、唇が痙攣し、体が全く動かなくなったのです。
その時、完走は無理だと思いました。唇の痙攣は酷くなるばかり、呼吸は乱れ、目も開けられない状態、
そして、ついに腕が垂れ下がってしまいました。
しかし、そこに映像には無かった大きなドラマがありました。
動かない私を見た、応援に駆けつけてくださった方々が、涙を流して
「大貫さん起き上がれよ!」
「大貫さんゴールして!!」
「みんなが大貫さんの完走を待ってるよ!!!」
皆さんが、しゃがんで涙を流しながら私に送ってくださった心からの熱い声援に 、
私は、「このままここで終わったら、自分に負けることになるじゃないか!!!」と。
今でも不思議なのが、全く動かなかった体が、もう一度起き上がることが出来たのです。
薬を飲んだわけでもない、注射をしたわけでもない。
そこにあったのは、「皆さんの心からの熱い声援」
この声援が、まったく動かなかった体をもう一度起き上がらせ、ゴールへと向かわせてくれたのです。
そして、8月28日、午後8時過ぎ、9時間6分と言う時間で51.5キロの道程を完走することが出来ました。
私のことを応援してくださった皆様、心から、心から、ありがとうございました 。
「私はとても幸せでした」
皆様からいただいた声援、気持ち、様々なものを、私はたくさんいただきました。
この皆様からいただいたものを胸に、これからも「自分を信じ、自分に負けない 」
この気持ちで精一杯前進していきます。
心からありがとうございました。
大貫 学人(おおぬき まなと)
Mail manatode@yahoo.co.jp
HP http://www.waiz.ne.jp/manato.html
ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/manatode
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